

宮地楽器小金井店ショールームでは1995年から
ヨーロッパピアノの取り扱いをはじめました。
それから今日まで数多くのヨーロッパメーカーのピアノを
お客様にお納めさせて頂きました。
ヨーロッパをはじめ海外では一般的であっても、日本では
複数のメーカーを同時に比較出来る楽器店というのは、
まだまだ数少ないのが現状です。
代々に渡って受け継がれるピアノを納得してお買い求め頂くにあたり、複数の
メーカーを比較して頂きながら、本当にご自分にあったピアノを見つけて頂きたいという願いから、というのが
取り扱いの発端です。
皆様にとってのお気に入りのピアノを見つけて頂くお手伝いをさせて頂く事、皆様のピアノ選びのお役に立てる
楽器店として様々な機会をご提供させて頂く事が出来れば幸いです。
私ども宮地楽器小金井店ショールームへご来店賜りますようスタッフ一同、心よりお待ち致しております。
秘められた芸術と伝統。
心をひきつける「至福のピアニッシモ」
イグナス・ベーゼンドルファーによりオーストリア・ウィーンにて1828年に創業。
ベーゼンドルファー社が世に広く知れわたるようになったきっかけは、その強靭なタッチの為にいくつものピアノを演奏不可能にしたピアニストのフランツ・リストがベーゼンドルファーピアノを使った演奏会で成功を収めたことである。
演奏会場の大型化、オーケストラの大規模化によって、より強い音が求められる中にあっても、ベーゼンドルファー社は「聴衆の心を魅了するピアニッシモ」へのこだわりを持ち続け、「ウィンナートーン」の代名詞といわれる個性を確立するに至った。2008年ヤマハの傘下に入ったが、商業ベースに流されることの無い、丁寧な手作業によるピアノ作りという従来からのスタンスを維持し続けている。
「全てのピアノ音楽はベヒシュタインのためにのみ
作曲されるべきだと思う」 (C.ドビュッシー)
1853年、西ドイツ・ベルリンにてカール・ベヒシュタインの手により創業。
ベヒシュタインサウンドは、ベルリンフィルを創設したハンス・フォン・ビューローをはじめ、リスト、ドビュッシー、ワーグナー、ブラームスといった19世紀を代表する数多くのロマン派の作曲家たちとともに作り上げられた響きであり、リストやドビュッシーは、非常に和音の多い曲であっても、意図する旋律を綺麗に表現する上で最適な楽器であるベヒシュタインを生涯にわたり弾き続けた。
第2次世界大戦の影響を受け製造停止を余儀なくされる時期もあったが、その伝統は今も脈々と受け継がれている。
創業期にあった日本楽器(現ヤマハ)は、河合小市(後に河合楽器設立)らを技術研修目的にベヒシュタイン社に派遣し、輸入総代理店契約を結んでいる。その後も日本楽器はベヒシュタイン社から技術者を招聘し、設計をはじめ製造技術のノウハウを伝授されている。最近ではフジコ・へミングが愛用するピアノとしても、その人気に拍車をかけている。
ベヒシュタイングループのセカンドブランド
チェコ・ペトロフ社にて以前OEM生産されていたものから、設計を一新し、全ての製造ラインをベヒシュタイン社にて管理。
ベヒシュタインを冠するピアノとして妥協できない部分はすべてベヒシュタインを踏襲しつつも、ハイコストパフォーマンスを追求した。ホフマンはベヒシュタインの卓越した血統と設計理念を受け継ぐスペックを備えている。
軽快で繊細な響きのウィンナートーン
ベートーヴェンがシュトライヒャーの楽器を最も好んで使用していた時期にザウター創業者のヨハン・グリムは、ナネッテ・シュタインとJ・Aシュトライヒャーのウィーンの工房でピアノ作りの研鑚を積んでいる。
その後、1819年にスクエアーピアノの製作を皮切りに独自のピアノ作りをはじめ、南ドイツ・ウィーン派のピアノ作りを継承した。南ドイツ・ウィーン派のメーカーとしてはベーゼンドルファーが有名だが、ザウターも同様にウィンナートーンと呼ばれる軽快で繊細な響きとタッチを持つ事が特徴で、その繊細さに魅了されて愛用する演奏家も多い。
売れるからといってたくさん作る事はしない。
たくさん作ると木材などの良い資源が枯渇し質が下がる。
未来永劫にザウターの音を残していく為に良い資源を少しずつ大切に使う。
これがザウター社の一貫したポリシーである。
「心が充実している時にはプレイエルでなければなりません」
(F.ショパン)
ショパンが生涯愛用した事であまりにも有名。19世紀、フランスのピアノメーカーとして一世を風靡し、今もなお根強いファンがいる。
1807年、音楽家イグナース・プレイエルによって創業。その後継者カミュ・プレイエルもピアノをデュセックに学んだ音楽家であった。
彼は、ショパン、フンメル、モシュレス、ルビンシュタイン、サン・サーンスらと親交があり、その中でもっとも親交の深かったのがショパンだった。ショパンはプレイエルの歌うような音と軽快なタッチに魅せられ、プレイエルを生涯愛用した。
ショパンは「私は気分のすぐれないときはエラールのピアノを弾く。このピアノは既成の音を出すからだ。しかし身体の調子の良い時はプレイエルのピアノを弾く。何故ならこの楽器からは自分の音を作り出すことが出来るからだ。」 という言葉を残している。触感、聴感において彼の
精神の表現を妨げないこと、それこそがショパンがピアノに求める第一の条件であり、その欲求を満たした唯一の楽器がプレイエルだったと言えよう。
外装美にもこだわるフランスピアノの伝統に従い、様々な芸術的装飾や奇抜なデザインを有するアートピアノも積極的に製作している。




















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「可能な限り、最高のピアノを…」
世界の第一線で活躍する多くのピアニスト達に、殆ど例外なく愛用され続ける、スタインウェイピアノ。
創業者ハインリッヒ・エンゲルハルト・シュタインヴェーグはドイツでピアノ製作者として認められた後、より自由で充実したピアノ創りのために、新天地アメリカへ移住。 その名前を「ヘンリー・スタインウェイ」と改称し、1853年ニューヨークにて、息子達とともにスタインウェイ&サンズ社を創業。 1880年にはドイツ・ハンブルグにも工場を設立。現在もニューヨークとハンブルグの工場でそれぞれ製造されており、日本には主にハンブルグ製が供給されている。
100を超える特許を有するスタインウェイのピアノ作りはピアノ製造業界に革命を巻き起こし、今や世界中のピアノメーカーの規範・指標になっていると言っても過言ではない。 スタインウェイピアノが生み出す「イニミタブルトーン(比類なき響き)」は創業以来150年以上の長い歴史の中で費やされた情熱と時間、革新への試みの結晶である。